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これさえあれば、大概のことは上手くいくだろう。
これがなければ他に何があろうとも、自滅は常に傍らにある。



日々の自らの行為が他者(空間・時間的な)の生存・繁栄に
最大限多くの人達に寄与しているかどうかで
精神的な安定が得られるだろう。
少なくとも地球上の互いの影響しあうリンクを理解しなければ
操縦を誤るのは間違いない。
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ブッダとフラーは、個人がそれ自体をも含めた全てとしての
宇宙を理解するベクトルに人間の精神を働かせることを
主張している面で非常に共通性があるように思う。
悟りとは悩みがないとかいうことではなく、包括的に宇宙を理解し
リンクが繋がったことなのか。



「コズモグラフィ」によると、フラーの言では地球は月とランデブーしながら


太陽の周りを周回している。


私たちは地球は毎年おなじ所を通過し、同じ軌道を周回していると思われがち


だと思うが、実際はその回転の軸たる太陽自体が銀河系の中心を軸とした


回転軸を回っているので地球は螺旋を描きながら宇宙空間を移動していると


も言えるのだ。


更に銀河系自体もビックバンでよく知られているように放射状に他の銀河系と同じく


宇宙の中心から離れていくように動いているので、その系から見れば更に地球は


もうひとつ動きがプラスされて複雑な動きを見せることになる。


これが相対性という考えなのかと思う。


さらにその幾重にも複合した動きを見せる地球という存在は自転しているので


それに乗った私たちはじっとしているだけでも、ある適切な系から見れば


超高速で複雑な運動を行っていることになる。


つまり観測を行う場としての系と観測される場としての系の選択で


同じ物体が同じ運動を行うように見えて、様々な異なった軌道を描くことになる


ただひとつの唯一絶対の基準なるものがないということになる。


これが相対性理論の言わんとしていることなのか。






私達生物に関わらず万物は原子構造で出来ているなら
完全に静止していることはない、常に原子の周りを電子が
周回しているようにまた、原子間がその距離や位置を変えているように
つまり、時間と物質の移動とは同じとみなせる。
つまり全く構造がミクロレベルにおいても完全に静止した
状態が保たれれば、その間は時間が止まっていることと同義だ
物質の移動、変化が時間なのだから、それぞれに個別の変化が
あるため、個別の時間が相対化されるのだ。
日常的な感覚では私達は同じ速度と慣性系にいるため
地球という宇宙船に同乗しているため、ほぼ同じ時間を共有
しているように感じるだけだろう。
私達は地球上にいる場合、ある観測点からは常に超高速で
全ての原子が運動しているのだから。

つまり、時間とは人間の認知による世界を便宜上理解する
ための概念であって、宇宙に移動と変化はあっても
時間という実体はない。
人間が生み出した抽象的な概念である。
よって個人はそれぞれ個別の時間を持っていると言える
各個人の脳の神経の情報伝達やその統合された精神活動の
変化の度合いは異なるので、実際異なる時間を生きていると
言える(もちろん絶対的な時間などというものはないのだが)
結局、万物の変化を私達が勝ってに「時間」と呼んでいるだけなのだ。



自分に一体どんな責任があるのかという問いは


そのまま誠実に生きるということの具体的行動指針をあらわにするだろう。





責任を果たすということが誠実であるということだ。





各個人がその責任を果たすか否かが、その果たした結果の総量と質の積が


これからの非常に危うい進化のインフレーションが持続可能かどうかの分かれ目になるだろう。






もちろん電力線が長ければ長いほど電力は送電中に抵抗として損耗量が多くなりロスがでますが、


大陸間で電力ネットワークをつなげれば、となりどおしですこしづつ不足分を余剰で融通しあうので


実際に地球の裏側からの電力を送電するということにはなりませんので、その送電ロスは


ネットワークを接続することから得られるメリットで相殺されるどころか、メリットの純利部分が


多大になることが予想されます。


 


今でこそ現実味もあろうこのアイデアもフラーは何十年も前、米ソが冷戦で対立しているときから


提唱していますし、その当時の科学技術でも即実現できるアイデアばかりです。


 


フラーの提案の基本は、格段に少ないエネルギーで文明社会の生活水準を維持、もしくは


より快適に人類が暮らすためのアイデアということがいえると思います。


 


フラードームしかり、電力グリッドの概念しかり、地球が太陽光から受けるエネルギーの収入の範囲内で


人類は永続的に発展していける(効率的な社会の”デザイン”があれば)というのが彼の主張のようです。


現代の石油に依存した社会は言ってみれば過去何十億年に渡って地球が溜めてきた炭素エネルギーの


缶詰=太陽エネルギーの缶詰=エネルギーの貯金を、この数十年で一気に使い果たしてしまうほどの


スピードで浪費した結果であるとも言えます。


しかし、フラーは日々地球に降り注ぐ太陽エネルギーの収入だけでも、効率的な人類の生活スタイル


のデザインの創造によって成し遂げられるとするものです。





続き

例えば、ロシアとアメリカはものすごく離れているように思えますが
ベーリング海峡を挟んで国境を接している隣接した国どおしです。
この海峡を互いに電力線で繋ぐだけでアメリカ大陸とユーラシア大陸を
網羅する電力ネットワークが出来上がります。








フラーといえば、フラードームが代名詞のようになっているが


実は彼の業績から見れば、初期の大きな発明ではあるが、発展途上の
実績にすぎない。
更にその発展系とも言える、フライアイズドームなどは日本では全く触れられないままだ。
テンセグリティに関しても最近やっと広まり始めた程度ではある。









彼の業績はあまりに大きな建造物があまり近くでは全体が見えず、かなり離れてみないと
その概要がわからないように、その真の成果が社会に理解されるには
十分な年月が必要なのかもしれない。
これを戦前に考えていた人物がいたとは、なんと形容すればいいのだろうか。













日々の仕事のささいな、時間にして数分にも満たない動作、作業、出来事が




その日全体の成果を大きく変えていることに気づく。





あの作業、動作、工夫があったからこそ、ここまで成果が増加したといえるものが。





時間や労力からすれば、あまりに微小な要素が、全体に多大な影響を与えていることに驚く。











それらは、間違いなく、「普段と違う」ことを為したときに現れる。





「進化」「進歩」とは本質的にそういうものだと、気づけば、あまりに当たり前な事実に


そして、それに無自覚な今までの自分にあきれつつ、その物事のありようの


シンプルさと力強さにも通じる明快さに感動する。