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フラーのことを知ってから、「テクノロジー」という言葉に今までとはちがう
興味と印象を持たざるをえなくなっている。
wikiの「テクノロジー」の項目を読むと、「人類の歴史って結局「テクノロジー」の
発見、発展のログだよなあ・・・・・・」と思ってしまった。
アレキサンダーやカエサルやオクタウィアヌス、始皇帝や劉邦、チンギスハーン、徳川家康・・・・
歴史の覇者や為政者とかの偉業も地球の外からみれば、研究室でのシャーレの中の培養した粘菌の移動や
消滅ぐらいのことなんだろうか・・・・・・・
なんにせよ、個人が豊かに生きるためにはその人なりの「テクノロジー」を増やすべく
行動して行動して、試行錯誤して、あれがだめなら、こっちを試し、これがだめなら何でダメなのか
原因を考察し、解決策を仮説設定して、実験して確かめて、また考察して確かめて行動して、
仮説を組んでってやっていくことなんでしょうね。
そんなこんなでジタバタするたびに実は、その個人の経験が増え、その経験に比例して適切な
その人の状況に適合した、ユニークなテクノロジーが蓄積し、その事イコール富の増加なんだろうなあ・・・・・
とツラツラ考えてしまいました。
他の存在にとって有意義で社会全体にとって「富」を増やすベクトルに寄与する行為は
その行為を行ったものに「報酬」を払うらしい。
貨幣だけにもちろん限らないが、今日の命を繋ぎ、健康を保ち明日につなげるためのリソースは全て
富の一部だと思う。
フラーが言うには形而下の「物」だけでなく、実は富の本質は自然にある「物」を人間の生活に
役立つように作成するノウハウ「形而下の概念」こそ富の本質だという。
そして「富」がそうなら試行錯誤しながらでも、とにかく行動し、経験を積むことが
「富」を増やす行為に他ならないともとれる。
その経験を振り返り、分析、考察、改善していくプロセスも「富」を増やす行為そのものだとも思える。
私達はすでに億万長者になるパスを持ちながら、それを使わずに震えているのかもしれない。
