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私達生物に関わらず万物は原子構造で出来ているなら
完全に静止していることはない、常に原子の周りを電子が
周回しているようにまた、原子間がその距離や位置を変えているように
つまり、時間と物質の移動とは同じとみなせる。
つまり全く構造がミクロレベルにおいても完全に静止した
状態が保たれれば、その間は時間が止まっていることと同義だ
物質の移動、変化が時間なのだから、それぞれに個別の変化が
あるため、個別の時間が相対化されるのだ。
日常的な感覚では私達は同じ速度と慣性系にいるため
地球という宇宙船に同乗しているため、ほぼ同じ時間を共有
しているように感じるだけだろう。
私達は地球上にいる場合、ある観測点からは常に超高速で
全ての原子が運動しているのだから。

つまり、時間とは人間の認知による世界を便宜上理解する
ための概念であって、宇宙に移動と変化はあっても
時間という実体はない。
人間が生み出した抽象的な概念である。
よって個人はそれぞれ個別の時間を持っていると言える
各個人の脳の神経の情報伝達やその統合された精神活動の
変化の度合いは異なるので、実際異なる時間を生きていると
言える(もちろん絶対的な時間などというものはないのだが)
結局、万物の変化を私達が勝ってに「時間」と呼んでいるだけなのだ。



自分に一体どんな責任があるのかという問いは


そのまま誠実に生きるということの具体的行動指針をあらわにするだろう。





責任を果たすということが誠実であるということだ。





各個人がその責任を果たすか否かが、その果たした結果の総量と質の積が


これからの非常に危うい進化のインフレーションが持続可能かどうかの分かれ目になるだろう。


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