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どこの工場にも200ボルトの3相交流かご形モーターは
設備に使われている、とてもありふれたものではあるが
その堅牢さ、使いやすさ、汎用性、およそ生産設備には
なくてはならないものだ、その恩恵は竹のフィラメントの電球の
比ではない。
しかし、その構造のシンプルさに初めて見て驚いた。
これを発明したテスラはカルトにイメージを利用されがちではあるが
これほどより少なくでより多く、を実現した人物に敬服せずにはいられない。
偉人とは彼のような人にこそふさわしいだろう。
とにかくアウトプットすることだ。
脳は情報をアウトプットの多寡で記憶のネットワークに組み込むかが
決まるらしい。
誰でも経験的に実感していることではある。
一番手軽なのは内容を思い起こして書き出すことだろう。
1ヶ月も続ければ、仕事でも効果が実感できるだろう。
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この本を読んで、私達がテクノロジーを効果的に利用して
自分達の生活を支える富を生み出すために何が必要で、かつ
欠けているか、分かった。
精密な加工ができる機材に一般がアクセスできる場が必要だ。
これからその為に動こう。
今日amazonで頼んでいた本が届いて、読み始めている。
ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け/ニール・ガーシェンフェルド- ¥1,890
Amazon.co.jp
すごい内容の本だ。
正にフラーが目指した私達一般の人たちからの
テクノロジー革命の黎明を教えてくれたものだ。
これは2006年で初版とあるのでもう4年前のものだが、
いままで全く知らなかった。
Amazonのおすすめを次々にクリックしてとりとめもなく
よんでいたときに偶然見つけた。
これが何も騒がれないのはあきれるくらい驚きだ。
より分業的な方向に突き進む現代社会の職業の状況にあって
未だに全面的な精神活動を容易に体験できるのは
自給的規模の農業の特徴だろう。
あるタイプの人たちは、ある程度行った時に
これが「仕事」なのか「遊び」なのか分からない気分を味わうはずだ。
どんなに何もないと嘆く人でさえ
嘆くということができるなら
その心には使いきれないほどの豊かさを
生み出す何かが
まだ枯れ果てずに保たれている
それを認めるならば、何かをしないではいられないのだ
発明はやればやるほどより上手くできるようになるらしい。
作る、思えば動物と人間の大きなちがいは発明の進化スピードが
圧倒的に異なるからなのに、現代社会のテレビのゴールデンや
新聞に発明面と呼ばれるものがないのはおかしなことだ。
もし鳥の社会にマスコミがあったなら、より効率的な飛び方の話題で
埋め尽くされるだろう。
人を人たらしめるアイデンティティとも言える行為を
一部の専門家やマニアがすることと決めてしまうのは本当に奇妙だ。
ジャスコに買い物に出かけるように、テレビを見るように
形而上でも形而下でも日常で発明を行う能力が私達にはあるはずだ。
今思いついたんだが、プリセッションとテンセグリティは同じことの部分と全体ではないか、
つまり私達の森羅万象はテンセグリティ構造の
関係性でつながっていて、テンセグリティの模型が
ある一方の圧力をそれぞれの部分が別々の方向に動いて
変形しながらそれぞれは柔軟に状態を保つように動くが
それがすなわち、プリセッショナルに働くときの
関係性のモデルになっているのでは?
ということ。
テンセグリティ構造の変形の仕方がプリセッションだと思う。
外部から働く力の「直角」に動くということをプリセッションのことで
フラーは言及しているが、それはテンセグリティー構造の
変形のときの部分の動きそのままではないだろうか?
あまりに確信に迫りすぎた意見の表明は
ただただ反対もされず、静かに黙殺されるもの
知らなければよかったのかもしれないが
知るだけでも意義があることもある
たくさんの事をあきらめることになるかもしれないが
得がたいものを得ることにもなる
あまりに真実に自らを度外視して述べられた概念は
それを認めた者自らが己の生き方を問い続けることを強いる
金がなければ、もらう相手の言いなりになる
この反応はまるで動かし難い物理法則のように私達の脳内に
刷り込まれてはいるが、法律という建て前はそうではない。
その建て前をよく知れば、それを利用してお金がなくても
権利を主張できる。もし10人に1人の割合である程度の法律知識を
理解し、その権利を行使しだせば間違いなくその建て前は
機能しなくなるだろう。
それも革命と呼べるだろう。

