×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
発明はやればやるほどより上手くできるようになるらしい。
作る、思えば動物と人間の大きなちがいは発明の進化スピードが
圧倒的に異なるからなのに、現代社会のテレビのゴールデンや
新聞に発明面と呼ばれるものがないのはおかしなことだ。
もし鳥の社会にマスコミがあったなら、より効率的な飛び方の話題で
埋め尽くされるだろう。
人を人たらしめるアイデンティティとも言える行為を
一部の専門家やマニアがすることと決めてしまうのは本当に奇妙だ。
ジャスコに買い物に出かけるように、テレビを見るように
形而上でも形而下でも日常で発明を行う能力が私達にはあるはずだ。
今思いついたんだが、プリセッションとテンセグリティは同じことの部分と全体ではないか、
つまり私達の森羅万象はテンセグリティ構造の
関係性でつながっていて、テンセグリティの模型が
ある一方の圧力をそれぞれの部分が別々の方向に動いて
変形しながらそれぞれは柔軟に状態を保つように動くが
それがすなわち、プリセッショナルに働くときの
関係性のモデルになっているのでは?
ということ。
テンセグリティ構造の変形の仕方がプリセッションだと思う。
外部から働く力の「直角」に動くということをプリセッションのことで
フラーは言及しているが、それはテンセグリティー構造の
変形のときの部分の動きそのままではないだろうか?
PR
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
