忍者ブログ
アメブロから引越し
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。







http://palenqueros.blogspot.com/2009/05/blog-pos





ここを見て欲しい。




私達は石油がなくても文明社会を維持していける成功例がある。




これも人々が必要に駆られて繋がったために自己組織化が




爆発的に働いたものと思える。




マスコミも人々の生存のために使われるなら、シナジーを働かせるには




絶大な効果を得られるのだろう。




この場合、なぜキューバでこのようなことが起こりえたのか考えてみる必要がある。




おそらくこの国家危機的状況で、権力機構の人々への抑圧の真空地帯が




資本主義の権力者達の思惑を外れて生まれたこと、この一点が




人々の自然へのリンクの力(科学知識、産業テクノロジー)を




開放したのではないか?







他人を観察するように、自分自身を観察し



他人を励まし奮い立たせるように、自分自身に語りかけるなら



自分のことばかりにしか興味がない


そのことの異常さと無意味さのループから、瞬く間に抜け出せる




PR




ほとんどの人はみなほとんど変わらない

他人からみれば誰も誰とも代わりも効くし、変わりもしない

自分だけは特別だと思う人はありふれている

しかし、絶対に全く一緒ではない

人格は生きていくうえで遭遇し続ける膨大なエピソードと

そのエピソードに際してのその時の感情とその感情の記憶からなる

いや人格とは毎日毎時毎分毎秒発生し続ける「感情の記憶」と

言ってもいい。

この世界が決して幾何学の教科書のように同一の点を共有すると

いうことがありえない以上、他人と全く同じ「感情の記憶」の

目録などありえない。

必ずわずかではあるがどんな他人とも異なる項目がある。

その違いが「感じること」の差異を生み、それが個性につながる。








ありとあらゆる手段をもってあなたや私を「他人」と同じに


してしまう力が脳を書き換えようとしている、そんな社会にあって


自分であり続けようとする、だれでもできるが最も困難な試み


それこそ「詩」と呼ばれるもの


そしてほとんどの者は誰も互いに似てしまう。


そんな中での真の自立の試み。


自らの「感じる」ことのみ手がかりに


まるで何百メートルの高さの全く取っ掛かりのないガラス張りの


摩天楼に取り付き、頂上を目指すかのような行為


そんな行為のたった一つの支え、自らのセンス、感じること