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法律とは「禁止」「強制」である。
そして、そのシステム内では大きく2つの要素に分かれる
「原則としての禁止」と「その例外」である。
権力側はその両方を巧みに用い、我々大衆には「原則としての禁止」で抑制し
彼らは「その例外」というバックドアで実質フリーでその行為を行う。
彼らは法律には実質縛られない、法律とは彼らが他者を縛るためのものである。
螺旋軌道をとれば、直線的に対象を動かし得ないほど力が必要な場合において
直線的な力に比べて、ずっと小さい力で回転軸の方向に直角に動かすことが可能だ。
つまり螺旋はプリセッションの働きを発揮するモデルの一つだ。
マスコミで流される情報もその中には多分にプリセッションの働きを意図した
物に思われる。
表面的な力の渦の回転に翻弄されると副次的な緩やかに見えるが
着実かつ大きな力を見過ごしてしまう、大衆のほとんどは…
しかし、情報を編集し流す側の真の意図はその何次にも寄り合わされた
螺旋の重なりの副次的な軸方向にこそある。
それは個人的な形而上的な仕事にも応用可能であるし、そうでなければならない。
彼らが私たちを動かすためにその技術を使うなら、
私たちも私たちそれぞれの現実を動かすために(それはまず最初に自らを動かすということ
に他ならないのだが)使うべきだし、そうでなければ、それらの技術を身につけなければ
彼らに動かされるのみだろう。
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