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なぜ、フラーの言及した意味でのライフスタイルが広まらないのか?
信奉者と言われ、ジオデシディックドームを建築した人達が
過去にも数多いたが、なぜ広まらず、一部の特例としてしか
現れないのか?
なぜ、ドームが建てられたがいいが、放置されている例が多いのか?
技術的な稚拙さや、テクノロジーの不十分な理解など色々
要因は挙げられるだろうが、最大の原因は
フラーのように最大公約数のために考え、実行することが
みな、出来ないからではないか?
いざ、自分のドームを建てる段階になると利己的な事情を優先してしまう
もちろんそれは当然といえば当然と言えるのだが、
そのことが、われわれとフラーとのパフォーマンスの違いではないのだろうか?
利己的な動機はその背後の恐怖によって支えられている。
私達の肉体は、この地球、バイオスフィアという巨大かつ複雑な原子の
レゴブロックから、この時、この場所に組み上がった全体の一部と言える。
その中でフラーの言及する「マインド」という一種のソフトウェア・プログラムが
活動して、人類の進化・ひいては地球の創造の一部を担っている、
それが人類の存在目的なのだという。
マインドはマインド自体では存在しえない、それはソフトとハードウェアの
関係と同じだろう。
フラーが自分の存在を「動詞」と例えたが、私達も同じことなのだ。
皆、生きていれば必ず老いていくし、死は生まれたときから
必然に皆に訪れる。
問題は何を「する」か、だが、すべきことは明らかになっている。
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