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但馬に限ったことではないんですが、昨今山間の田舎が限界集落だとか過疎化だとか
ネガティブなことばで日々マスコミで取り上げ、形容されています。
しかし、耕作放棄地と呼ばれる田畑を見渡すと「もったいないな・・・」という思いにとらわれます。
確かに昨今の農業ではやり方・売り方(マーケティング)を的確にしないと利益はこの但馬の
耕作放棄地では望めないとは思います。
しかし、この誰も見向きもされなくなった土地でも労働力の投入で食料という「富」を生み出す、
命をつなぐことができる、ある意味工場設備のようだと、すすきが茂った棚田を見て思います。
農作業小屋とすれば、都市計画法の区域外であるほとんどの耕作放棄地でDIYで住居を建てることも
可能です。
工夫次第で100万円ほどでも最低限の生命を養う環境(=シェルター)を個人で持つことも可能なのです。
作業小屋も建て放題、木工・鉄工し放題のある意味夢の環境でもあると思います。
現在の都市生活(田舎でも状況はあまりかわりませんが)では金銭を得ないと即生活に困窮してしまう
ある意味、ラットレースのねずみ状態に大多数の人達が置かれていると思えます。
自然で金銭を稼がないと餓死してしまう生物はいません。
人間も自然のなかで生きている生物なら「生存のための」ダイレクトなベクトルの行動を起し続ければ
生命を保ち、次の世代をはぐくむことができるのではないでしょうか?
少なくとも、貨幣経済に100%足場を置くのではなく、たとえ数パーセントでもそれ以外の自立の
リソースを持つ行動を行えることに山間地の価値が見出せるのではないかと思います。
ここ数ヶ月の間、ある人のブログを読むことにハマっています。
その人は前にも書いた梶川さんという人のブログなんですが
非常にユニークで感心することや気づかされること、全く知らなかったことが
読めて大変面白いです、さすがフラーの晩年に認められた
ことはあると生意気ながら納得することしきりです。
ただ今の社会に対する批判の態度が少し引っかかるんですが…
そんな事をしても全く意味がありません、フラーにしても
自分の主張の説明のため、という範囲は超えなかったと思います。
新たに提示したライフスタイルが理にかなっていれば
例え社会的な抑圧があっても、それを見習っていく人達が
増えていくはずだと思いますが、理想論に過ぎる非実践者の私にはそんな
ことを言う資格があるのかと聞かれれば…
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